An unexpected result
真っ赤な顔をした君が「がんばる」と言ったから、楽しみにしてたんだけど・・・・。 (あ・・・・) ジャン・ルーピンこと、ジャン・ルパンは、学園の廊下を歩いている時耳をくすぐった笑い声に足を止めた。 ヒバリのように可愛らしいころころと笑うこの声をルパンが聞き逃すはずもない。 ただ、目前に広がる廊下には探した声の主の姿は見えず、その声を追ってルパンは歩き出した。 廊下を数歩。 現れた階段を下りる方へ曲がって、足を止める。 (いた。) 階段の下に探し人、声の主であり、ルパンの恋人、エミリー・ホワイトリーの姿があった。 制服姿の彼女は、いまや彼女の親友といっても差し支えないであろう、セーラ・マープルと何やら談笑中のようだ。 階段の手すりの影になっているからか、話に夢中になっているせいか、エミリーはルパンには気が付いていないらしい。 (相変わらず明るく笑うな。) すぐに声をかけてもよかったのだが、エミリーが自分以外に見せる無邪気な笑顔を久しぶりに見ていたくなった。 もちろん、エミリーの前にいるのがどいつもこいつも油断ならない探偵クラスの男子だったなら、即刻出て行って引き離しただろうが。 「それでね、こないだハドソンのお茶にお呼ばれしたのだけれど、その時のお菓子がね・・・・」 嬉しそうにマープルに話しかけているエミリーを見ながらルパンはくすりと笑ってしまった。 (なんというか、マープル女史じゃないけれど、子犬みたいだ。) 尻尾を振りながらご主人にかまってかまってと訴える無邪気な子犬の姿がエミリーに重なった。 彼女の視線の先に今いるのが自分でないことが少し物足りなくもあったけれど、それを差し引いてもエミリーの様子は微笑ましかった。 「よほどそのお菓子が美味しかったのね。」 「ええ!今度レシピを教えてもらう約束をしたの。」 「まあ、貴女が作るの?」 「驚くなんて酷いわ、マープル!私だって慎重にやればお料理だってできるんだから。」 むう、とほっぺたを膨らますその姿は今度はリスを連想させる。 (ほら、そんな顔をしたら。) 「あら、ほっぺたが膨らんだわね。えい。」 「わあ、マープル!」 ほっぺたをつつかれたエミリーが不満の声を上げるのを見て、ルパンは緩む口元をこっそりかくした。 今度エミリーが拗ねたらやってみよう、とこっそり思った事は内緒で。 「でも無事にできたら、マープルにもお裾分けするわね。それから・・・・」 気分の切り替えが早いのか、女の子だからか、エミリーはもう元の話に戻っている。 「あら、私の他にも手作りのお菓子を渡す相手がいるのかしら?」 「え?えーっと・・・・」 (墓穴だねえ。) 多分、自惚れでなく手作りお菓子が出来た暁には、送り先になるのは自分だろうと思いつつ、エミリーはどう答えるのだろう、と興味深くルパンは聞き耳を立てる。 と、返答に困ったらしいエミリーは視線を泳がせはじめて・・・・。 (あ) 「あ」 目が、合った。 一瞬、残念、とルパンは頭の中で呟く。 これでエミリーはきっと「ルーピン!」と呼びかけて、回答をはぐらかすだろう。 だから、これでうやむやだな、と思いつつも、ルパンはエミリーに助け船を出すべく、階段を下りようと足を踏み出しかける。 その瞬間、予想通り助け船が来た!とばかりに笑顔を輝かせたエミリーが叫んだ。 「ジャン!」 「!」 聞き慣れた言葉には違いない。 なんたって自分の名前だ。 しかし ―― 自分の名前で心臓が止まるかと思ったのは初めてだった。 ついでに、階段を踏み外したのも。 「ぅわああっ!?」 「きゃあ!?」 綺麗に数段階段を転げ落ちて尻餅をついたルパンに慌ててエミリーが駆け寄ってくる。 「大丈夫!?」 「っう・・・・いや、あの、大丈夫、です・・・・」 ずれたメガネを押さえるふりをしながら顔を押さえたルパンにエミリーはオロオロしているのはわかったが、そのまま顔は上げなかった。 「相変わらずね、ルーピン。」 「す、すみません・・・・」 「ねえ?本当に大丈夫?・・・・なんだか、いつもと違ったような。」 望んでない時に限って働くエミリーが首をかしげた気配に、ルパンは慌てて立ち上がった。 「だ、大丈夫です!ミス・ホワイトリー、ミス・マープル・・・・そ、その、し、失礼します・・・・!」 あくまで自分の失敗に恥ずかしがる青年のように。 後ずさるようにしながら、ルパンは立ち上がってエミリーとマープルに背を向ける。 そしてついでに廊下で躓くというおまけをつけて足早に廊下を曲がって・・・・二人の姿が見えなくなったところで、ルパンは口元を押さえたまま大きくため息をついた。 「・・・・しまったな。」 ルーピンとルパンを呼び間違えそうで困ると言ったエミリーに、ファーストネームで呼べばいいと言ったのは確かに自分。 しかし ―― 呼ばれる自分の心境まではまったく予想できてなかったらしい。 (・・・・ああ、まったく。) 心臓が耳の横でなっているようだ。 『ジャン!』 「・・・・っ」 勝手に思い出してしまったエミリーの声に、また一つ心臓が跳ね上がって。 ―― これに慣れるにはまだもうしばらくかかりそうだ、とルパンは嬉しいような困ったようなため息を零したのだった。 〜 END 〜 |